歯科医をいじめないで



夢と希望と情熱をもってなった歯科医師。喜んでもらおうと、一生懸命やっても、なぜかいじめられることも多い。患者さんとはコミュニケーションをとって信頼関係の元にと思っても、雑誌やテレビは、定期的に興味本意な見出しで読者を煽るし、それに感化された不信感の強い患者さんにいじめられる事もある。電車の中刷り広告を見て身を隠したくなる事もある。
 医師のように命に別状はないし、歯科の治療が簡単に思われているせいなのかもしれない。
 私たちが扱っているのは器械ではなく生身の人間だし、目に見えない細菌たちが私たちの戦う相手なのだ。
 これはせめてものいいわけのページ。

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なぜ歯の治療は痛いの
今まで痛くなかったのにいじられてから痛くなった
なんで治療しても痛みが止まらないの
歯の治療は長くていやだ
歯ブラシの仕方が依然習ったのと違うよ
すぐ取れちゃった
治療したところがまた悪くなった
抜いたところがなんでこんなに痛いの
治療費が高いよ
矯正したのに歯並びがまた悪くなってきた
まだ痛くないのに治されちゃった
入れ歯ってこんなに痛いの

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なぜ歯の治療は痛いの

 

 歯は骨の中で唯一外へ飛び出して、食べるためや、話すために重要な役割を担っています。普通の骨は細菌が中に入り込むにはかなりの過程があり、めったに入り込む事はないのですが、歯の場合は虫歯で歯の表面が溶ければ比較的容易です。侵入した細菌は免疫で血液のなかのリンパ球や白血球に攻撃され、炎症という反応を起こします。この時に歯の中の圧力が高まったり、PHが変化したりして、痛みが起こります。いわば歯の痛みは体の中に細菌が侵入したよとの危険信号の役割もしています。
 一度神経が興奮すると麻酔は効きにくくなり、歯の治療は痛くなります。興奮した子供が夜寝なくなるのと同じです。 要は痛くなる前に治療していけばいいのですが、痛がりの人は痛くなるまでがまんする、痛い時にくるので治療も痛い、もっと痛がりになるの悪循環で、お口の中は悲惨な状態になっていきます。 痛い時は薬で痛みを押さえてから治療したり、麻酔はかなり細い針を使い、圧がかからないようにして、なるべく痛みのないようにはしているのですが。

今まで痛くなかったのにいじられてから痛くなった

 痛くしようとしたわけではないのですが、たまにこう怒られます。 一番多いのは中に入っていた細菌が、触った刺激により、あるいは触ったところから空気が入り込み、その刺激や空気を吸うことで、ある種類の細菌が増えたり、減ったりして、すんでいた細菌のすみわけが変わり、今まで均衡を保っていた、細菌同士、あるいは細菌と体の戦いが活発になって痛くなってくるのです。
  また、今まであいていた所から膿が出ていたのが、薬をつけるとその薬で穴がふさがり、膿が溜まるようになって痛くなることもあります。 この場合は、薬のついた綿などをとれば、中から膿が出てきて、痛みは消えます。

なんで治療しても痛みが止まらないの

 細菌が盛んに増殖する時期に、寝不足や過労で体が疲れていると、細菌に対して免疫力が弱く、体は細菌にいいようにやられます。この時期に、外科的に余計なことを体にすると、体はますますダメージを受け、かえって病気が悪化してしまいますので、ひたすら薬に頼るしかありませんが、その薬もなかなか効いてくれないのです。
  そういう時は体を休め、免疫力が回復するのを待つのが第一なのです。惨いようですが、こちらにできる事はないのです。薬を飲んでちょっとでも効いた時に、休んで寝るようにして下さい。


歯の治療は長くていやだ

 人間がロボットだったら機械的に修理をすれば容易に治るのでしょうが、人間の体はもっと複雑にできています。かぶせたり、入れ歯を作る作業は比較的かかる時間が把握できますが、虫歯の治療や歯周病の治療は中にいる細菌の種類や体の疲れ方、免疫力によってかなり治る時間に差があります。
  歯を抜いた後も、手足の怪我なら消毒をして包帯を巻き、衛生的に治療ができるのですが、お口の中ではそうはいかず、不潔になったり、病気を軽く見て無理をしたりして、治るのが遅れます。
  かぶせるものにしても、型を取ったあと石膏をそそぎ、模型を作り、模型上でワックスを盛り上げかぶせるものの形を作り、それを埋没してワックスを溶かし、できた隙間に金属を流し込み、さらにそれを冷却し、取り出し、研磨して仕上げます。大量生産も効かず、手作業で、しかも紙一枚の誤差もあったら、入りませんので、かなりの技術も要します。指輪やめがねと比較していただくと、その大変さが分かってもらえるかと思います。


歯ブラシの仕方が以前習ったのと違うよ

 基本的にはどんな磨き方でも、歯とお口がきれいになっていれば問題ないのです。 最初の磨き方やお口の状態、その人の意欲によって、最善の磨き方を教えています。はじめからかなり汚れている人に、無理を言っても嫌になってしまうだけなので、その段階段階で磨き方をレベルアップしていきます。
  例えば、歯周炎がひどい時には、歯ブラシを当てるだけでも痛いので、含嗽から始めて、柔らかい歯ブラシ、普通の歯ブラシと変えていきます。


すぐ取れちゃった

  仮の歯は取れやすいですし、普通につけた歯でも、完全にセメントの固まる前に強い力を加えると、どうしてもとれやすくなりますし、つける瞬間になめたり、唾液が入り込むと弱くなります。特に小さいお子様の場合は、そういうことが多くなります。
  また、残っている歯が弱くてわれそうな場合は、歯にかかる力の負担を弱くするためにとれやすく作る場合もあります。


治療した歯がまた悪くなった

  悪くなった原因はいくつか考えられます。
  残っている歯に、また、細菌が入り込み、虫歯や腫れの原因となるとき。つめてもかぶせてもどこかに隙間はありますし、そこに、ごみが溜まり、細菌が繁殖し、だんだん中へ侵入する事で悪くなります。特に神経を取った歯は血液の循環がなく、免疫力が弱くなりますので、細菌がつきやすくなります。
  別の病気になる時。虫歯は治っていても、歯周病で歯の周りから細菌が侵入し、腫れたり、膿が出たり、ぐらぐらしてきます。虫歯の治療とともに歯周病の治療も継続的に行っていく必要があります。
  歯が割れた場合。抜かなくてはだめだと思っていた歯を無理に残した時に、健康な歯質が少ないために噛む力に耐えられずに歯にひびが入ったり、割れる場合です。
  年齢的なもの。年齢があがってくると、歯も汚れて来るし、変性もしていきます。何でもなくても、髪の毛が抜けるように、生体はその歯を外へ追い出そうとするようになります。こうなるとどんな手段でも防ぐのが難しくなります。特に煙草を吸う人に多く見られます。
  いずれにしろ、だめそうな歯を抜かずに無理に残そうとした歯ほど、また悪くなりやすいものです。抜こうか、もう少し残そうか、歯科医は治療のたびに悩むのです。


抜いたところがなんでこんなに痛いの

 かなりひどくなった歯では、歯の周りの歯肉や歯を支えている骨まで悪くなっている場合がほとんどですし、そうなった時に歯を抜く場合がほとんどなので、抜いた後に痛みが続く場合が多いのです。
  歯の周りの悪くなった歯肉はなるべく取り除きますが、全部の歯肉を取り除くわけにはいかないので、残った細菌は、薬によって取り除く事になります。
  また、かなり悪い歯を長い間残していると、その歯の周りの骨も、細菌が骨の中へ侵入しないように、硬くなっている場合が多く、 そうなると抜いた歯の穴の中へ血管の侵入が遅くなり、歯の穴の中にごみが溜まったり細菌が繁殖しやすくなり、かなりの痛みが出てきます。
 お口の中は包帯等できませんし、どうしても食事の残渣などで不潔になりやすく、細菌が繁殖しやすい所なのです。激しい痛みの時には、痛み止めの飲み薬も効きにくくなりますので、歯科医に診てもらって下さい。


治療費が高いよ

 私たちの仕事は基本的に大量生産のきかない効率の悪い手作業が中心です。患者さん1人に歯科医師と衛生士、受付と3人掛かりで当たります。逆に言えば、治療時間分の3人分の人件費や家賃、光熱費などの経費を患者さん1人からいただなくてはならないのです。
 ちょうど、家庭教師と熟の関係と同じです。1人当たりの治療時間を短くすればいいのですが、作業は細かい仕事が多いので、丁寧にやればやるほど時間はかかります。 また、かぶせるものや入れ歯も、お口の中は敏感ですので、入れるものはかなり精密に作らなくては痛みや違和感が強く出ます。眼鏡と違ってすべて患者さんにあわせたオーダーメイドで、その価格を比較していただけば、本当に高いのはどちらかがわかるかと思います。


矯正したのに歯並びがまた悪くなってきた
 顔の形のように、骨格も人によってみんな違い、遺伝子的に決まっているようです。矯正の場合はどうしても無理に動かせば、後戻りという現象が起こります。 ただし、その程度は、年齢やはじめの歯並びの具合によってかなり異なります。年齢が高ければ直るのに時間がかかりますが、後戻りの時間も多くかかります。
 また、はじめから歯を抜いて、歯を動かす量を少なくすれば、後戻りは少なくなります。 矯正の場合はよく相談し、納得してから行う事が大事です。


まだ痛くないのに治されちゃった

 歯が痛くなる時には、細菌が歯の奥深く、神経やその周りに入り込んできた時です。そうなると細菌の入った神経を取り除く複雑な時間のかかる作業をしたり、せっかく治療をしても、神経のない血液循環のない歯は再び細菌が入りやすくなりますし、しいては歯が長持ちしなくなります。
  そうならないよう、歯の治療はなるべく痛みの出る前に、治療するのがベストなのです。 とくに、歯の間にできたような虫歯は分かり難いのですが、X線検査では確認できますので進行性の虫歯は早めに治しましょう。


義歯ってこんなに痛いの

 今まで何もないところに大きな物が入り、しかも、食べ物をかめばかなりの力がかかります。違和感や痛みが出るのは当たり前の事といえば当たり前なのです。
  ちょうど、新しい靴を履いたときの靴擦れと一緒で、擦れる場所には傷ができてきます。義歯自体が尖っているときもあるでしょうし、かみ合わせで入れ歯がずれて傷になる事もあります。 慣れるためにはまず入れる事と、痛い時にはすぐに調整していく事です。一度はずしてしまうとそのままずっと入れない場合が多いようですし、傷が大きくなると治るのにも時間がかかるようになります。 それでもある程度は我慢も必要なのです。