今のお口で生涯おいしく食べることができますか

予防

 何を食べようか、毎日の生活の中の楽しみの一つだと思います。気分の滅入った時にもホッとできるのが食事の時間であり、高齢になってだんだんやれることが少なくなる中で、食べることは人生の最後まで幸せを感じる大事なことです。
 お寿司、お刺身、うなぎ、すき焼き、大福、ケーキ等好みはいろいろでしょうが、うまく食べられなくなったり、のみ込みが出来なくなり、食べたいものが食べられなくなると寂しいものです。柔らかくしたり、刻んだり、ペーストにした食事もありますが、なるべく自分の歯でかんでしっかりのみ込めるような状態をキープしたいものです。

 普段何気なくしている食べる作業は実はかなり高度な仕組みで、学習して身につくものです。生まれたときにはじまるお母さんの授乳は生まれる前から備わっている反射行為で無意識に行うことができますが、かんで食べることは歯が生えてくる1歳から1歳半までの間を経て徐々に学習しながら発達していきます。その段階も決まっていて、舌の動き、唇の動き、歯の生え方、指や腕の動き等で食材や食べ方が変わっていき、その段階を踏まないで先に行くとうまくのみ込めないでうまく食べられずに窒息したり、誤嚥し肺炎になったりする危険を伴います。発達の段階に応じた正しい食べ方を習得していくことが必要です。

 高齢になり特に認知症にように思考が低下してくると、乳幼児期に育ったこの食べる過程を逆にたどり、徐々に食べられなくなってきます。最後は。生まれた時の哺乳の反射を示すようになり、食べることができなくなります。場合によっては胃ろうをつくったり、経管栄養でチューブやパイプで栄養を取るようになりますが、食べることと生きることは一体のものなのです。

 それではどうすれば私たちは長くおいしく食べることを続けることができるのでしょうか。歯、舌や口腔機能、のみ込み等様々な要因があります。ここでは代表的なものをあげてみます。

1.歯を持たせること

 まずは歯の保存です。歯がないとかむ力がかなり低下します。特に奥歯が大事です。奥歯がだめになると本来かみ切ることがメインの役割の前歯はかむ力に耐えることができずに長く持たなくなります。義歯を入れてもどうしても自分の歯の方がかみ心地が良いため、無意識のうちに自分の歯を酷使することになります。どうしても歯がなくなった場合にはインプラントがかむ力をある程度は補ってくれますので、他のかぶせものや義歯よりもおすすめです。


 歯もそれぞれの歯に役割があり、助け合いながら働いていますので、なるべくすべての歯が残るように、早めに対処して行くことが大事です。

 歯を抜く原因の多くは歯周病、むし歯、歯の破折です。

・歯周病の話

 その中でも一番歯を抜く原因となるのが歯周病です。ただ、歯周病といっても様々な病態を含んでいます。歯周病菌が原因の細菌性のもの、かむ力が強くかかってダメージを受けて歯が揺れてくるもの、歯の中に細菌が入り膿が歯の周りに回るもの、タバコのヤニみたいなものが歯の周囲に付着して生体がその歯を不潔なものとして排除しようとするものなどがあげられ、それらが絡み合って歯周病が進む場合も多くあります。

 多くの病態を総称して歯周病と言っていますが、厳密には口全体に発症するものと部分的に発症するものに分けられ、口全体に発症するものが本来の歯周病と言えると思います。そしてその原因は細菌性のものです。

 長く、そして今でも歯ブラシが悪いと歯周病になるという先生もかなりいます。歯ブラシが悪くて歯周病になるのなら、歯ブラシのうまくできない乳児や高齢者が歯周病になっていいはずです。しかし、実際は20歳から40歳ぐらいの成人に多く発病します。自院で行い、日本口腔衛生学会に発表した研究でも歯周病の原因は歯周病菌起因がほとんどで、歯ブラシが悪いというのは、それを助長するだけのものです。歯ブラシが悪いと言われるまま年月が過ぎ、歯をだめにする人が多くいます。知識のある医学部の教授から相談を受けることもあります。

 歯周病菌の代表的なものはP.gingivalisで歯周病の8割ぐらいの方にみられます。この細菌は赤血球の中のヘモグロビンが持つ鉄を求めて、歯と歯肉の隙間の間隙を破壊して、体内に侵入し、血管や循環器に入り込みます。当院のデータではこの細菌と循環器疾患の既往とは明らかな相関がみられました。


 また、この細菌は20代ぐらいから性感染症のように横感染し、その時に、むし歯の多い人には歯周病が発症しにくいというデータがあります。
 むし歯のない人に歯周病は多く発生し、夫婦間で口の中の状態が似ている人が多いのも、この細菌叢の相似から来ていると思われます。


 昔リンゴをかじると血が出ませんかというCMがありましたが、その血の出る原因がこの歯周病菌によるものなのです。この時に歯ブラシが悪くて細菌が多くいる人はその細菌がこの歯周病菌の作り出す歯と歯肉の隙間から一緒に入り込み、歯周病をより悪いものにします。したがって歯ブラシである程度歯周病は改善しますが、治癒はせず何回か腫れを繰り返すうちに、歯がぐらぐらし始め歯が抜けていくことになります。

 歯周病を治すのに有効なのは歯周病菌がいるかどうかをコロナで有名になったPCR検査で判定し、量が多ければ抗菌剤で原因となる細菌をなくすことです。本来はこの細菌検査も保険診療で行えればいいのですが、歯ブラシで治るという歯周病学会が考えを変えない限りダメなようです。

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・むし歯について

 次の歯がだめになる原因のむし歯は、それ自体は歯科治療の進歩で治癒することができて、よほど放置しない限り抜歯になる機会はかなり減ってきました。ただ、歯の中の神経を取ると歯への循環もなくなり栄養補給が途絶えますので、代謝のできなくなった歯はやがてもろくなって歯の破折の原因になります。歯が破折すると割れ方によって治療が困難で抜かざるを得ない場合も多くなります。なるべく神経の処置をしないように早期の治療が有効で、それには定期的にその人のお口のリスクに合わせた間隔での検診やメインテナンスが大事です。

 かみ合わせは紙一枚程度高くても痛んだり、歯が折れたり、歯がぐらぐら動く原因にもなりますので、こまめに調整してもらうことが必要です。

 また、歯の萌えたての時にフッ化物を塗布することで歯の表面が強くなり、むし歯になりにくくなります。


 むし歯になりやすさのリスクとしては、むし歯菌の有無、糖分の摂取、唾液の量と質、食事回数、歯ブラシの仕方等があげられますが、特にむし歯菌の有無、糖分の摂取、唾液の量が多く関係します。
 むし歯菌は親子感染がほとんどで、むし歯菌がいる人は甘いものをとるとねばねばした粘着テントを歯の表面に作ります。そのねばねばに他のいろいろな細菌がつき、そこで産生される酸で歯が溶けてやがて穴があくとむし歯と呼ばれるようになります。その時に唾液の量が多いと酸が洗われ穴があくのを防いでくれます。

 歯ブラシも一定の効果はあるようですが、ねばねばをきれいにとるのはかなり難しく、特に歯の間や歯並びの悪い場所でむし歯が発生していくことになります。むし歯においても歯周病同様歯ブラシは言われているほど効果はありません。また、年齢があがったり、寝たきりになると唾液の量が減りますので、むし歯にならないよう気をつけることが必要です。

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2.舌や口腔機能

 うまく食べるためには歯があるだけでなく舌や口腔の機能が調和して働くことが必要です。普段何気なくものを食べていますが、無意識に私たちは舌と頬をつかい、食べ物を歯の上にのせてかみ、歯列からかみ堕ちた食べ物をまた舌と頬で歯の上にのせてかみ、また、唾液と混ぜてのみ込めるような食塊として舌でのどに送り、ごっくんと飲み込みます。食べ物の大きさ、硬さ、質により、唇と前歯でかじり取ったり、かむ回数やかみ方を絶妙にかえています。


 乳幼児の頃は哺乳から始まり、のみ込めるもの、舌で口がいに押しつぶして食べられるペースト状のもの、顎を上下に動かしてかんで食べるもの、歯が萌えてきて奥歯でしっかり上下左右に動かして食べるものと段階を追って発達していきます。その間、前歯でかじり取るもの、食べさせてもらったのが自分の手で手掴みでたべ、スプーン、おはしと道具を使って上手に食べるように進歩していきます。

 逆に年齢があがってくると、舌の動きが悪くなったり、顎の動きが悪くなったりして、普通のものが食べられなくなる場合もあります。無理して食べるとうまく食塊が作れないため、のどにつまらせたり、気管に入りむせたり、肺炎を引き起こすこともあります。疾病の種類や飲んでる薬の副作用で口腔機能が低下する場合もあります。舌や唇、顎の動きを見て、適切な食材と姿勢等も含めた食べ方を工夫することも大事です。

 また、認知症等でのみ込みが悪くなる場合もあります。食器をかえたり、冷たいもので飲み込みを誘発したり、少し刺激のあるもので食べる意欲を助長することも大切です。ただ無理して飲み込ませると誤嚥してしまう恐れもありますにで、注意が必要です。


 のみ込みの際には唇が閉じてないとうまくのみ込めません。マヨネーズのチューブと一緒でチューブに穴があいていると押しても口から出ないのと一緒で口元があいているとそこから息が漏れてのどに流れてくれません。唇の力が弱かったり、義歯のかみ合わせが高くて唇が閉じない場合もありますので観察が必要です。逆に義歯がなく上のあごと下のあごの間が縮まって舌が口蓋に押されて動きが鈍くなっている場合もありますので義歯の装着も大事です。

 舌の体操、頬や唾液腺のマッサージ、口唇を閉じる訓練、のどの筋力アップ等のリハビリテーションを毎日の生活の中で楽しみながら行うことが大事です。話すこと、歌うこと等、閉じこもりにならないよう、積極的に行いましょう。

3.高齢になると

 高齢になると残念ながら歯も舌も口腔機能も低下していきます。なるべく悪化させないためにはかかりつけの歯科医をもち定期的にメインテナンスをしてもらい早めに治療や予防処置をしてもらうことが大切です。

 歩いて歯科医院に通えるのは健康と言えるでしょう。やがて、だんだん歩くことが難しくなり、歯科医院に治療に行くことができなくなり、寝たきりのような状態になると、できる治療は限られてきて、満足な食事をとることが難しくなります。そうなると栄養補給が出来なくなり、ますます体が弱まってきてしまいます。

 なるべくそうならないように元気な時に、もう少し様子を見ましょうでなく、抜かなければならない歯がある場合にはあらかじめ抜いたり、義歯も複雑なものでなく単純なものにかえて、壊れた場合に簡単に治せるものにしておきます。かかりつけの歯科医師が訪問で治療できるよう、口の中の環境を見直してもらうことが必要です。訪問専門の歯科医療機関もありますが、それまでずっとあなたのことを見てわかっていて面倒を見てくれるかかりつけ歯科医を持つことが大事です。

 また、認知症や高齢で判断力が落ちてくると、痛みを感じなくなり、悪いところや大きな傷があっても自分ではわからず放置してる方もいます。中には家族や周囲に迷惑をかけたくないからと何でもないから大丈夫と言う方もいらっしゃいます。年齢とともにがんなどの悪性腫瘍や粘膜病変も発生しやすくなります。痛いから、異常があってからでなく、かかりつけ歯科医をもって定期的に診察をしてもらい早期におかしな所を見つけてもらうことが必要です。

 施設や病院に入った時も同じです。定期的に口腔ケアをしながら、悪化の恐れのある場所を早期にみつけて補修して良くことが大事です。疾病や薬剤によっては口の中が乾いたり、舌や頬の動きが悪くなり、汚れがたまりやすくなり、むし歯や口内炎を作ったり、うまくかめなくなったり、のみ込みが悪くなったりして誤嚥性肺炎や窒息死を引き起こす場合もありますので、定期的に観察していくことが大切です。

 食べることは生きることです。健康的な生活と最後までおいしく食べて価値ある人生が送れるよう、毎日の歯や口の中のメインテナンスが大事です。
 お昼は何を食べますか?お蕎麦?ラーメン?生姜焼き定食?お寿司?うなぎ?かつ丼・・・・・?
 食後の歯ブラシを忘れずに!

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