インプラントの回顧録

インプラント

人工の歯を植えるということは古代からの夢でした。紆余屈折を繰り返し、ようやく責任を持って使えるようになったのはチタン製のインプラントが開発された1980年代以降です。当初は試行錯誤で始まり、その後普及し始め今では多くの歯科医院でインプラント治療が行われています。誰もが行えるようなったインプラント治療ですが、根底の原理原則は忘れてはならないと思います。

 今から40年以上前、歯科大学の大学院に進んだときに博士号論文のテーマとして骨粗しょう症について研究するよう主任教授から言われました。これからかならず普及するインプラントは歯のない高齢者に一番需要があるはず。一方、高齢者は骨がすかすかになる骨粗しょう症に罹患している場合が多い。今後、そういった骨粗しょう症の患者さんに対してインプラントを手術することが多く考えられるので、その予後についての研究をしたい。その前提でまず必要なのは実験的に骨粗しょう症を引き起こすことで、君にはその研究をしてもらいたいというものでした。


 主任教授は国立の医学部の出身で知識を持ち合わせていましたが、歯科大学で骨代謝学の講義はなくこちらは全くの知識0からのスタートでした。まずは当時紀尾井町の都市センター会館で行われていた骨代謝学会に通い、教育講演等で勉強させてもらいました。須田先生、折茂先生の話が面白かったのを記憶しています。そこで得た知識をもとにまずは骨代謝に影響を起こす薬剤をラットに投与し、その骨がスカスカになるかを観察することにしました。しかし、実際の動物では全く変化が起こりません。多少異常が起きてもそれを修正するという生体の持つ恒常性のすごさをまずは実感させられました。一方骨造成に関してはタンパク同化ステロイドによって変化が見られましたが、これは骨に直接作用したのではなく、体重の増加により2次的に骨の補填で骨が増えたようでした。結論としては甲状腺や副甲状腺の動きを抑制する、免疫学的に破骨細胞や増骨細胞の動きをコントロールするしか骨粗しょう症を人工的に作成するのは困難でした。ただ、薬剤の一つとして使用した活性型ビタミンD3が骨量は有意差のある変化はありませんでしたが、骨代謝のスピードを速めることがわかりましたので、これをもとに博士号論文を作成しました。同時にこの時に知りえた骨代謝や免疫の知識が、その後の歯科臨床でも大変役立ちました。同時に歯科医の中では浮いてしまいましたが。

 大学院を卒業すると実際のインプラントの素材探しを教室で行いました。昔からインプラントは歯を再生する夢の治療で、古墳時代のサファイアが埋められているミイラも見つかっています。それをもとに京セラからはサファイアインプラントが発売されました。また、一部の大学ではチタン製のブレード型のインプラントが埋められていました。また金性インプラントを使用していた東大の先生もいました。いずれも骨とは直接につかないため、ほとんどが生体の異物排除機能で脱落しました。ただ大きなブレードインプラントはアンダーカットで骨の中に維持されていましたが、時間の経過ともに排除され、そのあとは大きな骨欠損を伴い、悲惨な状態でした。多くは高額な費用と歯科医の恫喝もあり、転院された他院で経過を追うことが多く、いやな思いをかなりしました。

 アパタイトインプラントと呼ばれる人工骨のインプラントも作成され、国からの補助金もあり自分の大学を含めたいくつかの大学で治験を行い、顎の骨とも結合し、一時はやったと思ったのですが、時間とともに破折が多くなり、骨欠損のような特殊な用途を除いて、人工歯としての使用は避けられるようになりました。

 あきらめかけているときにスウェーデンから朗報が届きました。ブローネンマルクという解剖の医師が実験で動物にチタン製の器具をつけたところ、骨と結合し取れなくなったことから、チタン製のインプラントを開発、ノーベルファルマという会社から発売されました。かなりの基礎実験もなされており、信頼に値するものでした。研修を受けないと使用できないということで、1988年に大学の医局のメンバーと受講しました。そのあと、その欠点を補填するために表面を人工骨で覆ったIMZやスイスではITIのちのストローマンインプラントが開発され、1989年に研修を受けました。その後30年以上がたち、現在ではストローマンインプラントを使っています。

昔のブログからインプラントの話

2007年1月22日 (月)

インプラントの話①
 先週、今年初めてのインプラントの手術をしました。ここ数年かなり希望される方が増えてきました。20数年前に大学院の卒業論文に当時の指導教授からこれからはインプラントが増える、また高齢者社会を迎え骨粗鬆症の患者さんも増えてくるから、骨粗鬆症の患者さんにインプラントを植えたらどうなるかを調べなさいと言われてインプラントとの関わりを持ったのですが、先見の明があったなと指導教授には今も感謝しています。
 ただ、最初に実験的に骨粗鬆症のラットを作ることでつまずきました。今なら遺伝子操作のマウスがあるのですが、その当時は骨代謝に関わる様々な薬剤を使い、薬剤を投与する最初は多少骨が変化するのですが、薬の投与を止めたり、時間がたっていくと元の正常な状態に戻ってしまいます。
 もともと、カルシウムイオンは生き物が海水中にいたときにいろいろな細胞間の伝達物質につかわれたり、カルシウムの出たり入ったりで筋肉を動かしたりと、その時海水中にたくさんあったイオンを使ってたわけで、陸に上がったあとでも骨にカルシウムイオンを蓄えることで、海の中にいた時と同じように使われています。そのためカルシウムの出入りは厳密にコントロールされており、血中濃度が1割変わると死亡するぐらいです。
 そのときに思ったことは生き物の恒常性はすごいなと言うことで、周囲が変化することに応じて生体も変化して、恒常性を保つわけです。逆に、恒常性を保てなくなるのがストレス状態で、様々な病気の元になります。
 したがって病気を治すということは表面的に悪いところを単に人為的にとるのではなく、人の恒常性を取り戻してあげることで生体本来の修復力で病気を治すことが大事なこととそのとき考えました。
 そのためには原因となるとげをとったりストレスをなくすことが大事で、今の歯科治療の本流ともいうべきただ歯を削ってかぶせたり、歯肉をはがして手術をしたりという治療には納得できないものがあります。

2010年5月28日 (金)

インプラントの話②

 大学院のときにインプラントの基礎研究を行いました。その当時開業医の間ではやっていたのはブレード型インプラントというもので、そのほとんどはうまくいってないようでした。生体は体内の異物は攻撃して排除しようとします。そのため動いて外へ出てきたり、膿が止まらなかったりという症例を多くみました。ほとんどの大学では使用してなかったと思います。そんなときに人工骨を使ったインプラントがでてきて、それをネズミにや犬に植えて基礎研究を行っていました。今までと違って骨とインプラント体の結合が見られたのですが、強度的に弱いという欠点があり、臨床に使った先生もいらっしゃいましたが、僕自身は生体には使いませんでした。
 そんなときにスウェーデンのブローネンマルク教授が画期的な骨と強固にくっつくチタン製のインプラントを開発しました。解剖の先生なのですがチタン製の実験器具を動物内に入れて実験を行い、いざそれを取り除こうとしたら骨とくっついてとれなくなったという偶然の中から開発されたものでした。
 日本でもその講習会が開かれ、1988年11月3日から6日までその講義を聴き、資格を取りました。かなりシステマチックに開発されており、基礎研究もしっかりしており、感心しました。その後、ドイツのIMZというインプラントが開発されその資格を取り、次にスイスでアレンジされたITIというインプラントの資格を取りました。ここ数年たくさんのインプラントが生まれましたが、すべて当時のインプラントと大きく変わることはありません。
 今現在使用し続けているのはITIのインプラントであり、20年の使用実績があります。当時まだインプラント治療を行っている歯科医院はほとんどなかったために、フォローのために、渋谷のほうに診療室を設けました。その当時の患者さんもいらっしゃいますので、規格を変えますと不都合が出ますので、いまだに同じITIの会社のものを使用しています。もっとも会社の名前は何度か変わりましたが。

2010年5月31日

インプラントの話③

 最初にインプラントを入れたのはどうしても入れ歯が嫌だからだめになってもいいからという40代の男性でした。1989年のことです。上顎でかなり歯がない方で、今だったらやらない難症例でしたが、運良く予想に反してかなり良好なものとなりました。次に入れた方は70歳を過ぎたウィスキーの好きな女性で、総入れ歯がどうしても合わずに仕方なくインプラントを入れました。高齢で心配しましたが、この方も、何でもかめるようになったと非常に喜んでいただきました。近くのレストランでステーキをぱくぱく食べるので、まだインプラントについて知られてなかった当時不思議がられたそうです。このお二人が当院で一番長いインプラント暦なのですが、残念ながら20年過ぎたぐらいでお二人とも他界されました。家族お方からご丁寧にインプラントを入れてから好きなものを食べることが出来、幸せそうでしたとのお礼状をいただきました。
 実際1度ついたインプラントは、当院では過去かむ力の非常に強い患者さん2人を除いてはずっと使ってもらっています。そして入れた患者さんにはみんな喜んでいただいていますので、条件さえ合えばインプラントをお勧めしています。
 ただ、何から何までやたらインプラントを植え込んでしまい、その症例数を自慢している歯科医もいますが、僕自身はわからない何かがあり、インプラントよりも自分の生まれ備わった歯が一番だと思っていますので、やたらに歯を抜いてインプラントを植え込むようなことはしていません。あくまですでに歯がないときや歯が折れて治しようのないときに、絶対大丈夫だという条件が揃ったときにインプラントをお勧めし、患者さんの了解を得られた上で行っています。

2019年12月 6日 (金)

インプラントの古い患者さん

 30年ほど前にインプラントを入れた患者さんが来院しました。スウェーデンで最初にチタン製のインプラントが開発され日本に導入されて、3年目ぐらいに埋入した患者さんです。当時は総義歯の患者さんが適応で、部分的なインプラントは適応外なのでしたが、パイロットで海外ではすでにやっているから何とかと入れて欲しいという要望で入れたご主人のインプラントが調子良かったので、その後に前歯に入れた症例でした。現在御存命の一番古い症例で、当時とほとんど形態は変わらず、かぶせたものもそのままです。

 インプラントはどのくらい持ちますかとよく聞かれますが、この症例が自分の中では経験で言えるものです。ぜひ長生きして頂きたいと思います。

タイトルとURLをコピーしました